2017/05/21

本当の好きを頼りに




作品は、見る人によって、
物語が付け加えられたり、
展示場所によって、意味や価値が変化したりする。
そうやって、ストーリーを上乗せしていくと、
終いには、
作品そのものが見えなくなっていたりする。


実は、本当の姿を見ていなかったりする。

だけど、何かの拍子に、
本当の姿を感じることが出来た時、
…気付けた時は、
本物の感動をして、
本当の「好き」を味わうことが出来る。

私は見ることも描くこともするけど、
少なくとも、
本当の「好き」を頼りに、
見たり作ったりしていきたいと思いました






2017/05/19

時間はどこへいったの




今年の初め、
時間の概念を捨てなさい、という
目標?をかかげたら、
本当に時間の概念が吹っ飛ぶ感覚を
体得してしまった。
四六時中ではないのだけれど、
「時間が流れている感覚」が、無くなるときがあって、
はっ、、、!!とする場面がある。
集中が高まっているときや、
歩いているときなど、、

ちょっとこわい。
だけど心地良くもある。
「未来」という概念がなくなって、
せいせいしている。
今しか生きていないのだから、
今好きなことをして、今生きていればいい。
もう未来にしがみつかなくていいのだ。。。
(なんという解放的な気分!)

未来は、いっこうに来なかったし、
いつになっても来ない。
未来という幻に現を抜かしていた、、、!っという、
感覚でいます。

するともう、過去も、ただの物語のように感じる。
わたくしの物語を悦に浸って味わっているだけだ。
時々ひとに話したりなんかして。
(苦しかったことなんか、もう、ドラマチックでしょうよ)




大丈夫です。正気です。











いま思っていること




ここ数年、、というか、だいぶ長いこと、
表層的な事に囚われて生きてしまっていたなあ、と
思いました。

そういう生き方が過剰になってしまうと、
たいへん苦しむというか、
本来のわたくしが、悲鳴を上げ始めるんですね。


最近、人や本や、作品などとの出会いのおかげで、
本来の感覚が戻ってきたというか、
絵を描くことそのものが好きだなあという
素朴な感覚が戻ってきました。
制作しているとき、作品と対峙しているときの、
わりと、平安な、楽しい気持ちが
帰ってきました。



よく見て、よく耳を澄ませて、感じ取る。
(ことばで表すと、じつに軽薄になりますね、、)
そういうことを芯にして、これからも絵を描きたいと
おもいます。
これが私の港なのでしょう。









立ち上がってくる




作品が仕上がろうとするとき、
作品が「立ち上がってくる」感覚があります。
これはとても微細な感覚で、
よく耳を澄ませていないと、見逃しそうにもなる。
(↑コレ変な表現ですね)
作品が作品になってくれる感覚があります。
もう間もなく、仕上がりそうです。






2017/05/12

昨日までにDMを受け取ってしまわれた方へ




6月に開催予定の個展のDMですが、
一度出来上がりはしたのですが、
印刷不良で刷り直しになりました。

お配り出来る内容ではありませんでした。
(色が、著しく原画と違い、全く違う印象を与えてしまう)

申し訳ありませんが、
すでにお手元にありましたら、
どうか破棄してください。

ちゃんとしたものをおそらく来週から、
お配りできると思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

(2017’5月12日付け)

かどくら

2017/05/06

どんぶり自慢




画像では分かりにくいのですが、
小さ過ぎす、大き過ぎず…
このちょうどいい大きさに惹かれました。
鈴木環さんの粉引(こひき)の陶器です。

このどんぶりで、サラダをたっぷり食べるのが、とても好いんです。
もちろん丼ものや蕎麦なんかも…。
(お腹が空いてきます!)
この器で頂くと、さらに、とても美味しく感じます。
不思議です




(画像だと形が上手く伝わりません…)



下に敷いたのは、最近買った手ぬぐいです。








2017/05/05

赤い作品



仕上げの段階になると、
描いている時間より
見ている時間のが長くなる。

見て、気付いて、直す、を繰り返します。
人生も、見て(ふかんして)、気付いて、
直…せない生き方の癖を
いま治してるところであります。



あんまり赤い作品は描かないんだけど
五輪真弓さんという歌手の
「少女」という歌にインスパイアされて描き始めました。

なんか、すごい魅力のある歌なんですよ…!


その歌のテーマとは、ちょっと違うのだけど…完成したら、画廊でご覧いただけます。
よろしくお願いいたします